Brush Up! 権利の変動篇

弁済の提供・弁済供託


弁済に関する次の記述は,民法の規定及び判例によれば,○か×か。

1.「債権者の住所に持参して支払うべき金銭債務について,債務者が約束の日時に金銭を持参して債権者の住所へ行ったが,が外出していて会えなかった場合,債務者は現実の提供をしたことになる。」

2.「債務の弁済期が徒過した後,債務者が債務の本旨に従って現実の弁済の提供をしたが,債権者はその受領を拒んだ。債務者には,提供後については,債務不履行による損害賠償義務はなく,またその債権に抵当権がついていても,債権者は抵当権を行使できない。」

3.「債務者は弁済の提供をすれば債務不履行責任を免れるが,弁済の提供があったといえるためには,常に現実の提供が必要である。」

4.「債権者があらかじめ債務の受領を拒んでいる場合でも,原則として債務者は口頭の提供をしなければ,弁済供託をすることができない。」

弁済の提供〔履行の提供〕

 弁済は,債務者が弁済の提供をして,債権者が受領するというプロセスを経て,完成されます。

 債務者が弁済の実現のためにできるだけのことをしたにもかかわらず,債権者の協力が得られないために弁済が完了しないときに,債務者が債務不履行の責を負うのは妥当ではない

 民法では,このような場合に,公平の観点から,債務者は債務不履行の責任を免れるとした(492条)→債務不履行の責任は免れても債務が消滅するわけではないことに注意。債務を消滅させるには供託をしなければならない。(494条)

 また,債務者が弁済の提供をしたのに債権者が受領を拒否したり,受領できない場合には,信義則上,債権者が遅滞の責任を負うことにした。(413条)

 民法は,この二つの制度を用意することによって,債務者を保護している。

 弁済の提供の意味

 債務の履行をするのに債権者の協力が必要な場合〔債務者が単独で完了することができない場合〕に,債務者側でできることを完了して,債権者に協力(受領)することを求めること。〔「債権者が受領する前に債務者がなすべき行為」と考えることもできます。〕
 → 弁済の提供をすれば、債務者は、履行遅滞による債務不履行を免れ、
   債権者は受領遅滞責任を負うことになります。(413条)

 → 履行をするのに債権者の協力を必要としない債務については,
   「弁済の提供」の問題は生じない。

※弁済の提供として具体的に何をするべきかは,債務の性質や当事者間の契約で定められるほか,取引慣行や信義誠実の原則(1条2項)によって決められます。

弁済の提供の効果

 ・債務不履行によって生じる一切の責任を免れる
  このため担保権は実行されず,提供時以後の遅延利息や違約金の請求はされない。(492条)
   →債務そのものを消滅させるわけではないことに注意。

 ・双務契約では,相手側(債権者)の同時履行の抗弁権がなくなる(533条)
   →相手側が債務を果たさないと相手側が債務不履行に陥ることになる。

弁済の提供の方法・態様〔弁済の提供の程度としてとらえることもできる〕

 原則 現実の提供・・・債務の本旨に従って現実に弁済を為すこと。〔あとは債権者が給付を受領すればいいだけの状態になり,債務者としてはほかに何もしなくてもよいという状態になること。〕(493条本文)

※債権者の住所地で目的物を引き渡す持参債務の場合は、持参して引き渡す旨を述べること。この場合必ずしも目的物を提示しなくてもよい。目的物を持参したが債権者が不在で持ち帰った場合でも現実の提供とみなされる。(判例では金銭債務。)

 例外 口頭の提供・・・(1)債権者があらかじめ受領を拒絶しているとき

            (2)債務の履行に先立って債権者の行為が必要なとき

 (1)(2)のときは、現実の提供をするのに必要な準備を完了したことを通知してその受領を催告すればよい。このことを口頭の提供,又は言語上の提供という。(493条但書)

(1)の補足 債権者があらかじめ受領拒絶の意思を表示した場合においても,その後意思を翻して弁済を受領するに至る可能性があるから,債権者にかかる機会を与えるために債務者をして言語上の提供をなさしめることを要するものとしている。(最高裁・昭和32.6.5)

(2)の補足 債務者が弁済をするにあたりそれに先立って債権者の行為が必要なときは,債務者としては口頭の提供をするほかにできることはありません。ex.債務者が履行遅滞にあるときの取立債務などがこれに該当します。

 判例 口頭の提供も要しない場合

 債権者が弁済の受領を拒絶する意思が明確な場合には,債務者が口頭の提供をしても無意味であることから,債務者は口頭の提供をしなくても債務不履行の責任を負わないとする。(賃貸借の賃料債務について,最高裁・昭和32.6.5)

【正解】

×

1.「債権者の住所に持参して支払うべき金銭債務について,債務者が約束の日時に金銭を持参して債権者の住所へ行ったが,が外出していて会えなかった場合,債務者は現実の提供をしたことになる。」

【正解:

◆現実の提供の諸形態

 債務者が約束の日時に金銭を持参して債権者の住所へ行ったにもかかわらず,が外出していて会えなかったため,弁済できなかった場合でも,現実の弁済をしたことになります。(大審院・明治38.3.11,最高裁・昭和39.10.23)

●類題
「金銭債務の弁済について,現実の提供があったとされるためには,期日に現金を持参してこれを提示することを要し,現金を持参し,支払う旨を述べたのみでは足りない。」

【正解:×

 判例では,現金を持参して支払う旨を述べれば,必ずしも持参した現金を提示する必要はないとする。(最高裁・昭和23.12.14など)

2.「債務の弁済期が徒過した後,債務者が債務の本旨に従って現実の弁済の提供をしたが,債権者はその受領を拒んだ。債務者には,提供後については,債務不履行による損害賠償義務はなく,またその債権に抵当権がついていても,債権者は抵当権を行使できない。」

【正解:

◆弁済の提供の効果

 債務者は,現実の提供をすることによって,債務不履行によって生ずる責任を免れるので,それ以降の遅延賠償義務を免れることができ,また担保権を実行されることもありません。(492条)

債務の弁済期が徒過している場合は,弁済期から現実の提供をする時までの遅延賠償金も併せて提供しなければ,債務の本旨に従った弁済の提供をしたことにはならないことに注意。

3.「債務者は弁済の提供をすれば債務不履行責任を免れるが,弁済の提供があったといえるためには,常に現実の提供が必要である。」

【正解:×

◆口頭の提供

 弁済の提供といえるためには,原則として現実の提供をなすことが必要ですが,債権者があらかじめ受領を拒んでいるとき又は債権者の行為を要するときは,弁済の準備をしたことを債権者に通知し,受領を催告すれば,弁済の提供となります。〔口頭の提供(493条)

 したがって,<弁済の提供があったといえるためには,常に現実の提供が必要>とする本肢は×です。

●類題
1.「弁済は,原則として現実の提供をなすことを要するが,債権者があらかじめ受領を拒んでいるとき又は債権者の行為を要するときは,弁済の準備をしたことを債権者に通知し,受領を催告すれば,弁済の提供となる。」(行政書士・平成11年)

【正解:

2.「債務者が賃料の支払をするにあたり債権者の受領拒絶の意思が明らかな場合であっても,債務者は弁済の提供をしなければ債務不履行の責を免れることはできない。」

【正解:×

 債権者が契約の存在を否定する等弁済の受領を拒絶する意思が明確な場合には,債務者が口頭の提供をしても無意味であることから,債務者は口頭の提供をしなくても債務不履行の責任を負わないとする。(最高裁・昭和32.6.5)

4.「債権者があらかじめ債務の受領を拒んでいる場合でも,原則として債務者は口頭の提供をしなければ,弁済供託をすることができない。」(司法試験・択一・昭和53年)

【正解:

◆口頭の提供と供託

 判例では,債務者があらかじめ受領を拒絶している場合でも,口頭の提供をした上で供託することが必要だとしています。(大審院・明治40.5.20)

 口頭の提供をすることで翻意することがあり得るからです。

弁済供託

 弁済の提供をしても債務そのものを消滅させることはできないので,弁済に準じる行為として,供託制度があります。

 債務者は,債権者が弁済の受領を拒んだ場合受領を拒絶〕,債権者が受領することができない場合受領不能〕,誰に弁済していいのか過失なくして確定することができない場合債権者不確知〕,債権者に弁済をする代わりに,弁済の目的物を供託所に寄託して債務を免れることができます。(494条)

 これを供託といいますが,民法494条で規定している弁済のための供託のほかに,担保(民法・民事訴訟法)や保管(商法527条)のための供託,執行供託(民事執行法)などもあるので,これらと区別するために弁済供託ということがあります。

 供託の手続きについては,民法(494条〜498条)や供託法などで定められており,供託がなされると債務は消滅して,債権者は供託物の交付を請求する権利を取得します。〔債務者が同時履行の抗弁権を有する場合には,債権者は自己の給付をしなければ供託物を受け取ることができないことに注意。(498条)

●類題
「弁済の提供をしても債権者がこれを受領しないことが明らかである場合に,債務者が弁済の提供をしないでした弁済の供託は有効である。」(司法試験・択一・昭和55年)

【正解:

 原則としては口頭の提供をした上で供託するのですが,例外的に,

 口頭の提供をしても受領しないことが明らかな場合には,口頭の提供をしないで直ちに供託し債務を消滅させることができるとしています。(大審院・明治45.7.3)

『口頭の提供をしても受領しないことが明らかな場合』とは,例えば,賃貸借で賃貸人が一度でも受領を拒絶すればそれ以後の賃料の受領については拒絶の意思が明らかであるとみられます。

●条文で確認−弁済の提供と受領遅滞
弁済の提供の効果 492条 債務者は,弁済の提供の時から,債務の不履行によって生ずべき一切の責任を免れる。

現実の提供と口頭の提供 493条 弁済の提供は,債務の本旨に従って現実にしなければならない。ただし,債権者があらかじめその受領を拒み,又は債務の履行について債権者の行為を要するときは,弁済の準備をしたことを通知してその受領の催告をすれば足りる。

受領遅滞 413条  債権者が債務の履行を受けることを拒み,又は受くることができないときは,その債権者は,履行の提供があった時から遅滞の責任を負う。

供託 494条 債権者が弁済の受領を拒み,又はこれを受領することができないときは,弁済をすることができる者(以下「弁済者」という。)は,債権者のために弁済の目的物を供託してその債務を免れることができる。
 弁済者が過失なく債権者を確知することができないときも,同様とする。


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