Brush Up! 権利の変動編
債務不履行 履行遅滞と損害賠償の問題3
正解・解説
AB間の土地売買契約中の履行遅滞の賠償額の予定の条項によって,AがBに対して,損害賠償請求をする場合に関する次の記述のうち,民法の規定及び判例によれば,誤っているのはどれか。(平成14年・問7) |
1.「賠償請求を受けたBは,自己の履行遅滞について,帰責事由のないことを主張・立証すれば,免責される。」 |
2.「Bが,Aの過失を立証して,過失相殺の主張をしたとき,裁判所は損害額の算定にその過失を斟酌することができる。」 |
3.「裁判所は,賠償額の予定の合意が,暴利行為として公序良俗違反となる場合でも,賠償額の減額をすることができない。」 |
4.「Aは,賠償請求に際して,Bの履行遅滞があったことを主張・立証すれば足り,損害の発生や損害額の主張・立証をする必要はない。」 |
【正解】
1 | 2 | 3 | 4 |
○ | ○ | × | ○ |
1.「賠償請求を受けたBは,自己の履行遅滞について,帰責事由のないことを
主張・立証すれば,免責される。」
【正解:○】 ◆引渡債務では、債務者が帰責事由のないことを主張・立証すれば、免責される A ―――――――――――→ B 損害賠償額の予定は、債権者が債務不履行の事実を証明すれば、損害の発生やその額を立証するテマを省くのが狙いです。
本問題設定では、Bが買主なのか売主なのかの明示はありませんが、Bがもし売主であり、土地の引渡し債務についての履行遅滞であれば、○になります。 ⇒ 肢3が明らかに誤りなので、このように解釈しないと、本肢は正誤の判定不能になります。 ▼Bがもし買主で、代金の支払い債務 (金銭債務) についての履行遅滞ならば、不可抗力をもって売主Aの損害賠償請求に抗弁することはできません。 |
2.「Bが,Aの過失を立証して,過失相殺の主張をしたとき,裁判所は損害額
の算定にその過失を斟酌することができる。」
【正解:○】 ◆損害賠償額の予定の特約があっても、過失相殺の規定が適用される A ―――――――――――→ B 判例では、
としています。(最高裁・平成6.4.21) したがって、当事者間に損害賠償額の予定の特約があっても,Bが,Aの過失を立証して,過失相殺の主張をしたときは,裁判所は損害額の算定にAの過失を斟酌して過失相殺することができます。 ▼債務不履行による損害賠償請求では、裁判所は債権者に過失があれば、損害の算定にあたって必ず債権者の過失を斟酌しなければならない、とされています。〔必要的な過失相殺〕(民法418条) 不法行為による損害賠償請求では、裁判所は被害者に過失があったとしても、加害者の責任をゼロにすることは認められず、損害の算定にあたって被害者の過失を考慮して被害者の損害額から減額をしてもよい(斟酌してもよい)となっています。〔裁判官の裁量による任意的な過失相殺〕(民法722条2項) 本設問については、試験直後、この二つの対比から○か×かについて議論されたのですが、出題者としては、この対比ではなく上記の判例を知っているかを問う意図であったと思われます。 |
3.「裁判所は,賠償額の予定の合意が,暴利行為として公序良俗違反となる場合
でも,賠償額の減額をすることができない。」
【正解:×】 ◆賠償額の予定の特約が公序良俗違反のとき、一部無効とすることもできる A ―――――――――――→ B 賠償額の予定・・・暴利行為として公序良俗違反
このため、賠償額の予定の合意が、公序良俗に反するときは、裁判例では、
この二つがあります。 ▼この肢についても、試験直後、議論がなされました。肢2もそうでしたが、基本書に記載がなかったため、議論が生まれたものと思われます。この肢3については、下の補足をご覧になってください。 |
4.「Aは,賠償請求に際して,Bの履行遅滞があったことを主張・立証すれば
足り,損害の発生や損害額の主張・立証をする必要はない。」
【正解:○】 ◆債務不履行の事実さえ立証すればよい A ―――――――――――→ B Bの履行遅滞があったことを立証
特約のない限り、債務者は損害が発生しなかったとか実損額が予定賠償額より少ないという主張はできず、債権者も、実損額が予定賠償額よりも大きいとは主張できないと解されています。(通説)→過去問に出題例(出題:平成2年・問2・肢4) |
●肢3についての補足 |
■「民法3」[第3版](内田貴/東京大学出版会) p.172-p.173 (平成17年刊行) 420条1項前段は,損害賠償額の予定を有効とし,後段は,裁判所もこの額を増減できないとしている.これは,比較法的に見ると,当事者の合意を極めて強く尊重している立法例に属する. もちろん,履行遅滞に関する損害賠償額の予定があっても,履行不能が生じれば,予定された賠償額とは無関係に416条で損害賠償額が決まることは言うまでもない. ・・・略・・・ なお,損害賠償額の予定には,2つの制限がある. 第1に,特別法で制限がなされる場合がある.(略) 第2に,余りに高額または低額の予定をすると,公序良俗違反として民法90条で全部または一部が無効とされることがある.したがって,過大な賠償額の予定は,この方法で,実質的に減額されることになる. ■新判例コメンタール・民法5・債権総則(三省堂) p.271(平成4年刊行) (420条1項後段は)不当に巨額な賠償請求額を予定している場合にも(裁判所は)増減できないというのが立法趣旨であった。しかし、その後の学説は不当な賠償予定に規制を加えることができるという見解で一致しており、判例も次のような規制を加えている。 (1)公序良俗違反による規制 判例は当初、公序良俗違反を理由に不当な賠償予定を無効とすることに慎重であった。しかし、次第に公序良俗による規制がその後の判例において見られるようになり、さらに公序良俗に反する限度で一部無効であるとするに至った。つまり暴利行為論に言及しているが全部無効ではなく一部無効を考えている。(ただし、暴利行為を理由に賠償額予定の全部無効を認める判例もある。) ■債権総論(第二版) (平井宣雄/弘文堂) p.112 (平成6年刊行) 判例・通説は、過大な賠償額の予定が暴利行為として公序良俗違反になる場合には全部または一部を無効と解している。(もっとも、下級審には過失相殺により減額を認めるものも少なくない。札幌高裁・平成2.5.10・金法850号177頁) ■民法概論・3債権総論 (川井保/有斐閣) p.135(平成14年9月刊行) 賠償額の予定が余りに暴利なときは90条によりその全部または一部が無効になる。(大判・昭和19.3.14 民集23巻147頁) |