民法クローズ・アップ
  判例による意思表示の研究
 瑕疵ある意思表示/強迫

-----≪意思表示の問題解決のカギ≫------------------------------------

意思表示の問題では、

   0 契約のプロセスに、何か問題はないか

   1 契約当事者間の効力はどうなっているか

   2 第3者に対抗できるか

をつかむことがポイントです。

-------------------------------------------------------------------

 強迫に関する最近の出題を今回から見ていきます。

<最近の過去問出題歴>

  平成3年・問2 全肢 「善意の第3者」(借地人) 

  平成7年・問2・肢2 登記の欠缺を主張できない者(不動産登記法)

  平成10年・問7・肢2 善意の第3者」(転売)→今回扱うものです。

●「強迫」の意味と位置付け

(位置付け その1) 

 瑕疵ある意思表示とは、

 動機→内心的効果意思――――→表示行為

    (〜しようと思う)           (〜します、と表明する)

の流れでは、内心的効果意思の形成過程である動機に、他人の違法行為が作用して

本来ならなされるはずのない意思表示をしてしまったことを言い、詐欺と強迫

の2つについて、民法では規定していました。(取消しのある系列)

<復習> 無効のある系列―「意思の欠缺」との違い

 「瑕疵ある意思表示」では、動機に他者の違法行為が介在しているとはいえ、

 <内心的効果意思=表示行為の表示する内容>

 

 でした。それに対して、「意思の欠缺」(錯誤・心裡留保・通謀虚偽表示)では、

 <内心的効果意思≠表示行為の表示する内容>

 

 となっていました。

瑕疵ある意思表示

(詐欺・強迫)

内心的効果意思表示行為の表示する内容
意思の欠缺」〔意思の不存在

(錯誤・心裡留保・通謀虚偽表示)

内心的効果意思表示行為の表示する内容

(位置付け その2)

 詐欺による意思表示では、他人の欺罔行為によって(ダマされたことによって)、

 強迫による意思表示では、他人から不法に害悪を通知され、

             これに畏怖したことによって、

表意者の内心的効果意思の形成過程が歪められていました

(強迫する)

「強迫する」という言葉の意味は、

 <相手方に害悪を通知するなどして畏怖を与えることにより、

 相手の意思を決定させ、表示させようとする>

ことです。←脅迫(刑法)と区別。

 【最高裁・判例・昭和33.7.1】

 強迫ないし畏怖は、明示もしくは暗黙に告知される害悪が客観的に重大か

 軽微かを問わず、これによって表意者が畏怖し、畏怖の結果、意思表示した

 という関係が主観的に存すれば足り、完全に意思の自由を失ったことを

 意味するのではない。(有斐閣・判例六法 p.319)

(宅建試験では)

 宅建の試験では、何が「強迫」にあたるか、という問題は出題されていません。

判例では、いくつか定義が行われていますが、ここまで知っておく必要はないもの

と思います。全体の位置付けを知っておけば十分です。

●民法の「強迫」の基本

(1)取消し    96条1項 

 強迫による意思表示は、これを取消すことができます。

【論点1】誰が取消せるか

  取消しは<表意者を保護するために認められたもの>であり、

  制限行為能力者・瑕疵ある意思表示(詐欺・強迫の被害者)を行った者のほか

  その「代理人」、「承継人」及び「同意をなすことを得る者」に

  限られています。(民法120条2項)

【論点2】いつまで取消せるか

 制限行為能力者、詐欺や強迫などを理由とする取消し得べきもの取消権は、

   <追認できる時から5年、又は行為の時から20年>

 が経過すれば、消滅します。(民法126条)  

 

 …取消しうべき行為を長く放置しておく事は、法律関係が不安定なものに

  なってしまうため、この規定を設けています。

 →【論点3】力づく、ムリやり、相手の自由を奪ってさせた意思表示は無効

  例えば、力づくで契約書に署名させたような場合は、強迫どころの話ではなく、

無効となるものです。この場合は、完全に表意者の自由な意思は失われ

ており、この場合の「無効」と、『完全に意思を失っていたわけではない』

状態である、<強迫>の「取消し」とを混同しないようにしてください。

  ▼取消しについては、民法120条〜126条に規定があります。 

(2)取消し前なら、善意の第3者にも対抗できます。(判例)

 AがBの強迫によって、Aの不動産をBに売却する意思表示が行われ、

Bが善意の第3者Cにその不動産を転売した後に、Aが「Bへの売却の意思表示」

を取消したとしましょう。

<関係図>

A(売主)――(←強迫)―B(強迫者、買主)

               |

               C(善意)

 「強迫による取消し」の第3者Cに対しては、

   <取消しの遡及効によってAは対抗できる>

とされています。つまり、取消しの効力はBだけでなく、善意のCに対しても

及ぶのです。

(判例としては、大審院・判決・昭和4.2.20 など ; 96条3項の反対解釈)

 ▼Cは、善意無過失でも、Aに対抗できません。

 ▼この場合のCは、「Aの取消し前に」現れた第3者であることに

  注意してください。

  (Aの取消し後に現れた第3者との関係はまた、別の話になります)

------<詐欺での「取消し前の第3者」との違い>--------------------------

A(売主)――――――B(詐欺師、買主)

             |

             C(善意)

詐欺の場合は、Aは

 Aの取消し前に、相手方の詐欺師Bが善意の第3者Cに転売すれば、

 その善意の第3者Cには、取消しで対抗できない

とされていました。(96条3項の条文と判例による)

 このため、AはBに対して取消しは主張できますが、善意のCに対しては、

その取消しの効力が及ばないことになります。

●取消し前の善意の第三者の比較
詐欺 相手方(詐欺師)が善意の第3者に転売すれば、

 その善意の第3者には、取消しても対抗できない

強迫 相手方(強迫者)が善意の第3者に転売しても、

 その善意の第3者には、取消しで対抗できる

------------------------------------------------------------------------

なぜ、このように、強迫と詐欺で、善意の第3者に対して、違いが出てくるか

といえば、

 詐欺では、意思表示に至る過程において、相手方の欺罔行為はあるにしても、

 強迫にくらべれば、「任意」で陥った、という面があるためと思われます。

 強迫では、力づくではないものの、畏怖によって「やむを得ない」ということ

 で、意思表示が形成されています。強迫では、本来、自由意思で行われるはず

 の意思表示の、「任意性」が妨げられていることへの配慮―表意者の保護―が

 強くなされているように思われます。 


この点で違いが出てくるのではないでしょうか。

要するに、不法行為の被害者と言っても、詐欺と強迫では、取扱に温度差がある

ということです。 

―(ケース1)――――――――――――――――――――――――――――――

Aが、Aの所有の土地をBに売却する契約を締結した場合に関する次の記述は、

民法の規定によれば、○か×か。

AのBに対する売却の意思表示がBの強迫によって行われた場合、Aは、売却の

意思表示を取消す事ができるが、その取消しをもって、Bからその取消し前に

当該土地を買い受けた善意のDには対抗できない。

。(平成10年・問7・肢2)

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

<関係図>

A(売主)――――――B(強迫)

             |

             C(善意)

<解>

強迫によって意思表示した者は、その意思表示について取消す事ができる

(96条1項)

この取消しは善意の第3者にも対抗できる。(判例、96条3項の反対解釈)

などにより、本設問は×ということになります。

【正解 : ×】

--- 【補足】「取消し後の第3者」------------------------------------

 判例では、Aの「取消し後」にB(強迫者)がCに転売した場合は、

 強迫の被害者でも特別には扱わずに、

AとCは、民法177条による対抗関係に立つ

         (登記を得たほうが勝ち)

と、されています。

----------------------------------------------------------------------

▼ これは、詐欺の場合の「取消し後の第3者」と同じです。

<関係図>

A(売主)――――――B(強迫)

             |

             C(善意)

・Aが取消した後に、Bが善意のCに転売

この場合、Aとしては、CがB→Cの移転登記するより先に、

     AからBへの所有権移転登記を抹消し、登記を取り戻しておけば、

     Cに対抗できる

ことになります。

▼これは掲載するのを迷いましたが、詐欺で「取消し後の第3者」が出題されて

いることもあり、敢えて掲載しました。

(法律界では、「取消し後の第3者」の扱いについては論争があります。

 通例は、論争のあるものについては出題されないのですが。

らくらく宅建塾で「取消し後の第3者」が掲載されていないのはこのためです

 。もっとも、シリーズの過去問宅建塾では掲載しています。)

 次回は、「詐欺との違い(2)―第3者の強迫」を扱います。


民法クローズアップのTOPに戻る