民法クローズ・アップ |
判例による意思表示の研究 |
瑕疵ある意思表示/詐欺の基本 |
●詐欺は,無効ではなく、取り消す事ができる。
詐欺とは、欺罔行為によって、人を錯誤に陥れ、それによって意思表示させる
ことでした。
A(欺罔行為)→B(錯誤…意思表示) 欺罔行為=事実を隠したり、虚偽の表示をする事。 |
このシリーズでは、欺罔行為とは何か、ということはこれ以上扱いません。
手を変え、品を変え、詐欺師は暗躍します。よくダマされるほうも悪い、と言い
ますが、彼らは巧妙です。
通常の精神状態なら、結ばないような法律行為を表意者にさせるわけですから、
Aは、B自ら進んで契約を行わせようと誘導します。磁場のような魔力です。
これが、欺罔行為です。例えば、ダマして相手にモノを売り込む時には、ただ
買ってくれ、と言っただけでは相手は当然買うはずもありません。買うのが有利
である、とか、相手の虚栄心や功名心、自信がないなどありとあらゆる人間の弱い
面をついてきます。ダマすときにウソを言うとは限りません。詐欺師は、例え事実
の羅列であっても、詐欺師の都合のいいように人を錯覚させるような論理を使う
事もあります。(都合の悪い事実は隠したママ)
また、いかにも詐欺師と言った態度・行動では誰も信用しない為、いわゆるエサ
を撒くこともあります。信頼できそうな外観を作り出すのが彼らは上手です。
このように、自主的に契約させるための磁場を巧妙に作り出すのが詐欺師です。
場合によっては,買ってくれとも言わない場合があります。要するに、勝手に
錯誤に陥ったのだから、こちらは関係ないとでも言わんばかりの態度です。欺罔
行為のパターンはいろいろあります。
しかし、民法では、表意者Bの意思表示が、他人Aの違法な行為によって動機づけ
られた点を考え、詐欺による意思表示は「取り消しうるもの」としています。
96条1項
詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。 |
●詐欺の成立する要件
詐欺師を訴えるには、「その他人の詐欺によって、表意者が錯誤に陥り、その
錯誤によって意思決定し、意思表示した」ということの因果関係を証明しなくては
いけません。
また、詐欺師が故意に、他人を錯誤に陥れて、その錯誤によって
意思表示させた、ということが必要です。
有能な詐欺師は、ここをついてきます。「故意はなかった」、「向こうが勝手に
思い込んだ」と彼らは言います。詐欺師は2段構えです。簡単に、尻尾を捕まえ
られるようなことはしません。(詐欺を肯定しているわけではありませんが。。。)
●詐欺師は契約の相手だけとは限らない
巧妙な詐欺師では、第3者として表意者の前に現れる事もあります。
次のような場合です。
C(詐欺師)
↓
A(あなた)―――→B(契約の相手方)
AがBから詐欺を受けなくても、契約や取引では第3者であるCから詐欺を受
ける場合もあるのです。何食わぬ顔をして、AとBが契約を結ぶ事で何らかの利
益がCにもたらされるためと思いますが、それだけに巧妙にAを錯誤の磁場に、
まるで蟻地獄のように引き込みます。
もし、Bが悪意、つまりCとグルになっているか、Cの詐欺について知っている
ならば、Aは取り消す事ができます。しかし、Bが善意ならば、取り消す事は
できません。(有能な詐欺師はこのことを悪用する事もあります)
第三者にダマされたAは | |
相手方Bが悪意 | 取消すことができる |
相手方Bが善意 | 取消すことができない |
第3者から詐欺を受けたからといっていつでも取消せるとすれば、取引の安全性を
害する事になり、ダマされた者にも何かの落ち度が認められるとしています。
96条2項
相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては、相手方がその事実を知っていたときに限り、その意思表示を取り消すことができる。 |
●取消し前に、相手方の詐欺師が善意の第3者に転売すれば、対抗できない。
詐欺による取消しは、取消し前の、「善意の第3者」に対抗できません。
96条3項
詐欺による意思表示の取消しは、善意の第三者に対抗することができない。 |
(アレ、条文では取消し前と言う言葉がない! と気がついた人もいると思います。
実は、これには判例があるのです。)
【判例】本条3項にいう善意の第3者とは、取消し前に利害関係を有するに至った 第3者に限る。(取消し後に利害関係を有するに至った第3者を含まない) 大審院判決・昭和17.9.30 |
この事の意味は、土地の売却で、例を取れば
1.売却 2.転売
A――――B(詐欺師)――――C(善意)
3.取消 登記
<時系列>
AがBに売却
↓
詐欺師BがCに転売
↓
AがBに取消し
という時系列のときには、AはCに対抗できないと言う事です。
(また、通説・判例ではCは、無過失を要しないともされています。)
この場合、AはCからは土地を取り戻せなくても、Bには不当利得の返還請求や
損害賠償を請求する事になります。しかし、詐欺を働くくらいですから、生活に
困窮しているわけであり、詐欺師の側にも「返したくても返せない」ということ
も多いはずです。このように法的に請求したとしても、詐欺師が無資力であった
ような場合には困難を極めます。
→ダマされても,後で何とかなるから大丈夫というものでもありません。
また、BとCがグル、または、CがBの詐欺について知っているような悪意の
場合は、Bへの取消しの前にCが転得していても、AはCに対して土地の返却を
求める事ができます。
●取消し後の第3者
1.売却 3.転売
A――――B(詐欺師)――――C(善意)
2.取消 登記
上の例で、もし時系列が少し異なって、AがBに取消しの意思表示をした後に、
詐欺師のBがCに転売した場合は、どうでしょうか。
【判例】 この判例での理由説明を省略して、結論を言えば、この場合は、AとCは Bを起点とする二重譲渡があったものと同じで対抗関係にあり、登記の先後で 優劣を決める、ということになります。 (大審院判決・昭和17.9.30) (最高裁判決・昭和32.6.7) 要するに、AとCのどちらが登記をするのが早いかによって決まる、ということ です。 |
【番外知識】錯誤と詐欺の二重効について 詐欺とは、相手を錯誤に陥らせて、意思表示させることなので、その錯誤が 要素の錯誤に該当する場合は、詐欺の要件と錯誤の要件の両方とも満たしている ということがありえます。 この場合は、どちらを選択してもよいというのが通説です。 また、錯誤の無効を主張したほうが有利であるとも言われています。 詐欺を主張すれば、取消し前の善意の第3者に対抗できないのですが、もし 錯誤による無効を主張するならば、善意の第3者にも対抗できるからです。
|