Brush Up! 権利の変動編

原始的不能の問題

正解・解説


【正解】

× × ×

売主Aと買主Bとの間に隔地の木造建築物・甲を売買する契約が締結され,BはAに手附金の支払いを済ませ,所定の甲の引渡期日に残金を支払うこととした。ところが,甲は,契約の締結の前日にAの帰せざる事由による火災で消滅しており,AとBは契約締結当時この事実を知らなかった。AB間の法律関係に関する次の記述のうち,正しいものはどれか。(昭和51年)

1.「売買契約は無効となり,AはBに少なくとも受領済みの金銭を返還しなければならない。」

【正解:

◆原始的不能

     目的物の滅失  契約締結  

 ――――――――――――――→

原始的不能 

  → 契約は成立したが、契約成立時に、すでに給付の実現が不可能。
    契約は無効となる。

 売買契約は、双務契約です。双務契約の一方の債務が原始的不能、または不法性により成立しないときは、他方の債務も成立せず、結果として、
 『契約は成立したが無効』になります。

 〔問題文の読解〕

 ・契約成立前に、債務者・Aに帰せざる事由により火災で消滅しているため、
  この契約は無効となる。
       ↓
  売主・Aの『引渡し債務』は原始的不能により成立せず、
  買主・Bの『代金を支払う債務』も成立しない。

  (双務契約では、各当事者は "相互に" 対価的な意義を有する債務を負担する。)

 ・この結果、売主・Aは、法律上の原因なくして利益(手附金)を得たことになり(受益)、
  少なくともこの範囲で買主・乙に損害を及ぼしたこと(損失)になる。

  売主・Aには、以下の規定により、不当利得となる手附金を返還する義務が
  生じます。

不当利得−要件と効果 (民法703条)

 法律上の原因なくして他人の財産または労務によって利益を受け、このために
 他人に損失を及ぼした者は、その利益が存在する限度でこれを返還する義務を
 負う。

→ 不当利得については、こちらをご覧ください。

◆引渡し債務での(履行の)不能のまとめ
 不能の分類  内容  法的処理
■原始的不能

 目的物の滅失  契約締結  

 ――――――――――――→

契約は成立したが、

契約成立時点で給付の実現が不可能。

 契約は無効

■原始的瑕疵 契約は成立したが、契約成立時点で、

売買の目的物に瑕疵(欠陥)がある。

 担保責任(売主の無過失責任)
■後発的不能

  契約締結  目的物の滅失

 ――――――――――→

 契約成立後に、

引渡し債務が実現できない

 債務者に、

 帰責事由があるか、ないかで

 法的処理は異なる

(1)債務者に帰責事由があるもの

 → 債務不履行(履行不能)
(2) 債務者に帰責事由がないもの   → 危険負担

2.「Aは甲の引渡し義務を免れ,BはAに残金を支払わなければならない。」

【正解:×

◆『危険負担の債権者主義』との区別 

  契約締結  目的物の滅失(債務者に帰責事由なし)→危険負担の債権者主義

 ――――――――――→

 この問題設定が、契約締結後に、引渡しの債務者Aに帰責事由がなく、売買の目的物(特定物)が滅失・毀損した場合であれば、特約がないとすると、危険負担での債権者主義により、債務者Aは引渡し義務を免れ、債権者Bは残りの代金を支払うことになります。(民法534条)

 しかし、上で見たように、問題設定では原始的不能なので、危険負担での債権者主義を述べた本設問は×になります。

3.「Bは手附を放棄して契約を解除することができる。」

【正解:×

◆『手附の放棄による契約解除』との区別 

 問題設定の契約は原始的不能により無効なので、手附の放棄による契約解除にはならず、Bは債務者Aに対して不当利得返還請求権により手附の返還を求めることになるので×になります。

 解除するには、契約が有効に成立したことが前提になっています。本問題設定では、原始的不能により無効であり、契約が有効に成立したとは言えず、(法定)解除権は発生しません。

●関連問題
 AはBに対しAの所有する別荘を売却する契約を締結したが,当該別荘は,その直前に類焼により焼失していた。この場合,Bは売買契約を解除することができる(司法試験・2次択一・平成6年・問28)
【正解:×

 契約締結前に売買の目的物が焼失しているので、契約は実現不可能な給付を目的としたものになり、契約は無効です。

 解除とは、原則として契約が有効に成立した上でのことであり、このような場合には、
解除権は発生しません。

4.「Bは残金を支払う義務を負い,Aは同一敷地の上に甲と同等の建築物を建築し,

Bに引き渡す義務を負う。」

【正解:×

『不特定物売買』との区別

 不特定物の売買では、契約締結後、特定前かつ引渡し前に目的物を滅失・毀損した場合、債務者の引渡し債務は存続し、同種類のものを市場から調達して、債権者に給付することになります。

●参考問題
 AはBに建物を売却する契約を締結した。この場合の民法の規定に基づく履行遅滞に関する次の記述は、○か×か。

 契約締結時にBはAに対し手附金を交付した。しかし、当該建物は契約締結日の
 前日にAの帰すべからざる事由により滅失していたことが判明した。この場合、
 Aは受領した手附金の返還義務に関し、BがAに対し手附金の交付をした時から
 遅滞の責任を負う。(昭和62年・問6・肢1)

【正解:×

 原始的不能により、当該契約は無効となり、AがBから得た手附金は法律上の原因なく給付を受けたことになるので不当利得になります。Bには不当利得返還請求権が認められ、Aは不当利得返還義務を負います。

 この返還義務の履行遅滞責任の発生時は、A(受益者)の善意・悪意によって異なります。本設問では、Aの善意・悪意のどちらかハッキリしませんが、Aが善意なら、不当利得返還請求の時からになります。Aが悪意ならば、受益のとき、つまり手附金を受領した時からになります。

 本設問では、Aの善意・悪意は明示されていないのに、「Aは受領した手附金の返還義務に関し、BがAに対し手附金の交付をした時から遅滞の責任を負う」と言い切っているので×になります。(昭和51年の問題では、売主・買主とも知らなかったと明示しています。)

●不当利得返還請求権での履行遅滞と消滅時効の起算点 (判例による)
    いつから履行遅滞になるか
 (大審院・大正7.2.21)
 消滅時効起算点
 (大審院・昭和12.9.17)
 受益者が善意のとき  請求を受けたとき  債権発生のとき

 (消滅時効は10年)

 受益者が悪意のとき  受益のときから

問題設定にはない点

    売主・買主が、滅失したのを知ったときはいつか。
    売主・買主とも、滅失したのを知らなかったことに過失はないか。

    (→ 売主が知らなかったことに過失があれば、「契約締結上の過失責任
      問題となります。しかし、内田貴東大教授によれば、本問題設定での売主
      の契約締結上の過失責任が問われる裁判例は殆どない
とされています。
      ⇒ 内田貴「民法2」p.73)


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