Brush Up! 権利の変動篇
抵当権の基本 抵当権者の同意による対抗力の付与・競売後の明渡し猶予
抵当権設定後の賃貸借契約に関する次の記述は,民法の規定によれば,○か×か。 (新作問題) |
1.「抵当権設定登記後の賃貸借契約は,いかなる場合でもすべて抵当権者に対抗できない。」 |
2.「民法の改正施行の際に,旧395条の抵当権設定後の短期賃貸借の規定により現に賃借している者であっても,民法の改正施行後に抵当権が実行された場合,競売の買受人には対抗できない。」 |
3.「抵当権が登記されている建物を期間の定めなく所有者から借り受けた賃借人は,賃借権の登記とともに抵当権者の賃貸借に対する同意の登記がない場合は,抵当権が実行されたときに,買受人に賃借権を対抗することはできない。」 |
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【正解】
1 | 2 | 3 | |
× | × | ○ |
1.「抵当権設定登記後の賃貸借契約は,いかなる場合でもすべて抵当権者に対抗できない。」 |
【正解:×】 ◆抵当権者の同意による対抗力の付与・競売後の明渡し猶予 平成15年の民法改正により短期賃貸借は悪用されることが多いため廃止され,それに代わるものとして「抵当権者の同意による,賃借人への対抗力の付与」,「競売後の明渡し猶予」が創設されました。したがって,本肢の記述は×になります。 ●抵当権設定登記後の賃貸借契約 抵当権設定登記後の賃貸借契約が全て抵当権者に抵抗できないとすると,抵当権が設定されている不動産を借りようとする人はいなくなってしまいます。それでは,抵当不動産を賃貸してその収益から被担保債権を返済しようとすることもできなくなり,抵当権設定者・賃借人にとっても,困ってしまいます。また抵当権を他人のために設定する物上保証人もいなくなってしまいます。 そのため,民法では,抵当権設定登記後の一定の賃借人を保護する規定として「抵当権者の同意による,賃借人への対抗力の付与」,「競売後の明渡し猶予」を創設しました。これにより抵当権設定登記後の賃貸借でも一定のものについては安心して契約を締結することができます。 また,この制度により賃貸されている物件の抵当価値が高まり,競売の買受人も買受直後から賃料収入を見込めるなどのメリットもあります。 ●「抵当権者の同意による,抵当権設定後の賃借人への対抗力の付与」 〔賃借権の登記+抵当権者の同意の登記〕 (土地・建物の両方) 抵当権者の同意により賃借権が存続する制度。 抵当権設定登記後の賃貸借契約でも,その賃借権の登記がされていて,(その賃借権の登記がされる前に抵当権が登記されている) 抵当権者全員がその賃借権の存続を承諾してその同意を登記したときは,賃借人は,同意した抵当権者に対して賃借権を対抗できる。(387条1項) 抵当権設定の登記 賃借権の登記 賃借権に同意する登記 ――●――――――――――――●――――――●――――→ 抵当権者が同意をする際に,その抵当権を目的とする権利を有する者〔転抵当権者等〕その他の「抵当権者の同意によって不利益を受ける者」がいるときは,抵当権者は,それらの者の承諾がなければ,その同意をすることができません。(387条2項) ★賃借権の登記 387条1項での賃借権の登記は,借地借家法の10条の「借地上の建物の登記」〔表示の登記・所有権保存の登記等〕,借地借家法の31条の「賃借権登記に代わる引渡し」を含めないと解されています。つまり,抵当権設定後の賃貸借契約がこの2つである場合は抵当権者には対抗できません。 ◇適用できる不動産のイメージ ・土地 こう並べて見て考えてみると,いわゆるアパートの一室や賃貸のテナントの一区画を借りる場合は,そもそも登記そのものができないために対象外だということがわかります。 ★敷金の承継 不動産登記法の改正により,敷金があれば登記することを要し,賃借権の登記で敷金額についても抵当権者の同意を得ておく必要があります。賃借人が抵当権者に対抗できるときには,競売の買受人は敷金の返還義務を負担します。 ●「競売後の建物の明渡しの猶予」 (建物のみ) 賃貸アパートなどの場合賃借権の登記をすることはできないため,抵当権者の同意の登記により対抗力が付与されていない建物の賃借人を保護する規定も必要です。競売の買受人が簡単に明渡しを請求できるとすれば,抵当権のある賃貸アパートには誰も入らなくなってしまいます。 抵当権設定登記後に建物賃借人となった者で一定の要件を満たす者は,抵当権が実行されて買受人が買い受けたときから6ヵ月間は,明渡しが猶予されます。(395条1項) 競売で買い受け 明渡し期限 (6ヵ月後) ――●――――――――――――●――――→ その一定の要件は以下のどちらかです。 ・競売手続の開始前からその建物の使用または収益をしている者 ・強制管理または不動産収益執行の管理人が競売手続の開始後にした賃貸借により建物の使用収益をする者 ただし,その明渡し猶予期間中の建物使用についての対価を支払わなければならず,買受人が建物使用者に対して相当の期間を定めてその1ヵ月分以上の支払いを催告したにもかかわらず,その相当の期間内に履行しないときは,明渡しの猶予は受けられません。(395条2項) 「抵当権設定登記後に建物賃借人となった者で上記の要件に該当しない者」には,明渡しの猶予は適用されません。 ★敷金は買受人には承継されない。抵当権設定登記後に建物賃借人となった者(抵当権者の同意の登記により対抗力を付与された者等を除く。)は,買受人に対抗できないため,買受人に敷金返還の請求をすることはできず,敷金で対価を相殺することはできません。 ☆土地についてはこのような規定はないので,抵当権設定登記後に土地の賃借人となった者〔借地権の登記及び抵当権者の同意の登記がある者を除く〕には,明渡しの猶予は適用されません。 |
●抵当権者全員の同意の登記 | |
抵当権設定登記 賃借権の登記 同意の登記 ――●―――――●―――――−●――――――――→ 抵当権者の同意の登記について,法務省民事局長通達が出されています。(法務省民二・3817号・平成15年12月25日) それによると,抵当権者の同意の登記は,『賃借権の先順位抵当権に優先する同意の登記』として独立の主登記によるものとされ,登記権利者=賃借権者,登記義務者=総先順位抵当権者とする共同申請によるものとされています。 なお,この同意の登記により不利益を受ける利害関係人〔転抵当権者など〕がいる場合は,同意の登記申請時にその承諾を証する書面も添付書類として提出しなければいけません。 また,同意の登記の登録免許税は,賃借権及び抵当権1件につき \1,000となっています。〔ちなみに,賃借権の登記の登録免許税は,評価額の10/1000〕 |
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●同意の登記後の権利内容・賃借権の帰属の変更について | |
同意の登記後の
変更登記 |
同意の登記後の賃貸借の権利内容の変動〔賃料の減額・ 敷金の増額等〕については,利害関係人の承諾があれば 附記登記,承諾がなければ主登記になるとされています。 〔→附記登記があれば変更内容は競落人に承継されるが, |
同意の登記後の
賃借権の譲渡 |
賃借権移転附記登記 (同意の登記をした抵当権者が 承諾した場合)または新たな同意の登記 〔同意の登記後に新たに抵当権が設定され,新たな抵当 |
【抵当権者の同意の登記の記載例】
【乙 区】 (所有権以外の権利に関する事項) | ||||
【順位番号】 | 【登記の目的】 | 【受付年月日・ 受付番号】 |
【原因】 | 【権利者 その他の事項】 |
1 | 抵当権設定 | 平成16年1月26日
第○号 |
平成16年1月23日 金銭消費貸借 同日設定 |
債権額 利息 損害金 債務者 抵当権者 |
2 | 賃借権設定 | 平成16年5月13日
第△号 |
平成16年5月12日 設定 |
借賃 支払期日 存続期間 敷金 特約 賃借権者 |
3 | 2番賃借権 の先順位 抵当権に 優先する 同意 |
平成16年5月18日
第□号 |
平成16年5月14日 同意 |
イメージする参考として掲載しましたが,実際のものとは異なる場合があります。
●抵当権設定後に建物の賃借人になった者 | |
抵当権設定登記 競売手続開始 ――●―――――☆―――――――●――――→ 賃貸借 |
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・賃借権の登記, 抵当権者の同意の登記がある ・改正施行時に現に存する旧395条の短期賃貸借 |
抵当権者・競売の買受人に 対抗できる |
・競売手続の開始前から
その建物の使用または収益を している者
〔 抵当権者の同意の登記がない 〕 ・強制管理または不動産収益執行の管理人が |
明渡しの猶予 |
上記外の者 | 明渡しの猶予はない。 |
●抵当権設定登記後に土地の賃借人になった者 | |
抵当権設定登記 競売手続開始 ――●―――――☆―――――――●――――→ 賃貸借 |
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・賃借権の登記, 抵当権者の同意の登記がある ・改正施行時に現に存する旧395条の短期賃貸借 |
抵当権者・競売の買受人に 対抗できる |
上記外の者 | 明渡しの猶予はない。 |
●抵当権設定前の賃貸借 |
抵当権の設定前に賃貸借契約をした賃借人は,登記などの対抗要件を満たしていれば,抵当権者・競落人に対抗できます。〔対抗要件=借地上の建物の登記,建物の賃借人は引渡し〕 |
2.「民法の改正施行の際に,旧395条の抵当権設定後の短期賃貸借の規定により現に賃借している者であっても,民法の改正施行後に抵当権が実行された場合,競売の買受人には対抗できない。」 |
【正解:×】 ◆短期賃貸借の経過措置
抵当権設定登記 短期賃貸借 民法改正施行 抵当権の実行(競売)
――☆――――●―――――――――●―――――――●―――――→ 平成15年の改正での附則により,改正施行時に対抗力を備えている「抵当権設定後の短期賃貸借」については従前の通り買受人に対抗できるとなっています。(附則5条) したがって,本肢は×です。 |
3.「抵当権が登記されている建物を期間の定めなく所有者から借り受けた賃借人は,賃借権の登記とともに抵当権者の賃貸借に対する同意の登記がない場合は,抵当権が実行されたときに,買受人に賃借権を対抗することはできない。」 |
【正解:○】 ◆抵当権設定後の賃貸借
抵当権設定登記 賃貸借 抵当権の実行(競売)
――☆―――――●―――――――――――●―――――→ 平成15年の改正により,「抵当権設定登記後の賃貸借」については,『賃借権の登記+抵当権者全員の同意の登記』がなければ,買受人に対抗できません。 抵当権設定登記後に建物賃借人となった者で一定の要件を満たす者は,抵当権が実行されて買受人が買い受けたときから6ヵ月間は,明渡しが猶予されます。(395条1項) ・競売手続の開始前からその建物の使用または収益をしている者 ・強制管理または不動産収益執行の管理人が競売手続の開始後にした賃貸借により建物の使用収益をする者 |
●類題 |
抵当権設定登記後に,抵当建物についてなされた賃貸借契約に基づく賃借権は,その期間の長短にかかわらず,登記しても抵当権者に対抗できない。(昭和55年・問7) |
【正解 : ?】
法改正によりピンボケになった過去問。出題当時は短期賃貸借制度があったため,短期賃貸借の登記をしていれば抵当権者に対抗できました。出題時は<その期間の長短にかかわらず>が正誤判定のポイントでした。 しかし,平成16年4月1日施行の法改正によりこの短期賃貸借は廃止され,抵当権設定登記後の賃借権は,長短を問わず,原則として抵当権者に対抗できないことになりましたが,その賃借権が登記されていて,その賃借権設定の前に登記されていた抵当権者全員の同意を得てその旨の登記があれば,同意した抵当権者に対抗することができます。 つまり平成16年4月1日の改正施行後に抵当権設定登記後に締結された賃貸借は,<賃貸借の期間の長短>によって対抗力があるのではなく,<賃貸借の登記+抵当権者の同意の登記>があるかどうかで,判断します。 したがって,本問題では<登記>の中身が問題になるわけです。本問題設定では改正施行後での正誤を判定するには条件が不備ということになります。 登記→ 賃借権の登記のみでは抵当権者に対抗できない 登記→ 賃借権の登記+抵当権者の同意の登記 ならば抵当権者に対抗できる ▼以下のように改題すれば正誤判定できます。 『抵当権設定登記後に,抵当建物についてなされた賃貸借契約に基づく賃借権は,その期間の長短にかかわらず,賃借権の登記のみでは抵当権者に対抗できない。』【正解 : ○】 |