Brush Up! 権利の変動篇

意思表示の過去問アーカイブス 意思と表示の不一致・第三者の詐欺と強迫 (平成16年・問1)


所有の土地につき,との間で売買契約を締結し,が当該土地につき第三者との間で売買契約を締結していない場合に関する次の記述のうち,民法の規定によれば,正しいものはどれか。(平成16年・問1)

1.「の売渡し申込みの意思は真意ではなく,の意思が真意ではないことを知っていた場合,との意思は合致しているので,売買契約は有効である。」

2.「が,強制執行を逃れるために,実際には売り渡す意思はないのにと通謀して売買契約の締結をしたかのように装った場合,売買契約は無効である。」

3.「が,の詐欺によってとの間で売買契約を締結した場合,の詐欺をが知っているか否かにかかわらず,は売買契約を取り消すことはできない。」

4.「が,の強迫によってとの間で売買契約を締結した場合,の強迫をが知らなければ,は売買契約を取り消すことができない。」

【正解】

× × ×

1.「の売渡し申込みの意思は真意ではなく,の意思が真意ではないことを知っていた場合,との意思は合致しているので,売買契約は有効である。」

【正解:×昭和61年・問4・肢1,平成10年・問7・肢3

◆心裡留保=表示に対応する意思がない場合は原則としては有効だが,相手方が悪意or善意有過失のときは無効になる。

第93条(心裡留保) 意思表示は、表意者がその真意ではないことを知ってしたときであっても,そのためにその効力を妨げられない。ただし,相手方が表意者の真意を知り,又は知ることができたときは,その意思表示は,無効とする。

※心裡留保・・・『真意を心の中に留保する』

 (売主) ―→ (買主)
 (≠真意)     は「 の真意ではないこと」を知っていた。

 「が売り渡しの申込みをにしたのがの真意ではないこと」を,が知っていた場合〔悪意の場合〕,または,知ることができた場合〔善意有過失〕は,無効になります。(民法第93条但書)

 心裡留保の相手方が悪意・善意有過失のときは,相手方の信頼を保護する必要がないからです。

 したがって,「相手方がその意思が真意ではないことを知っていた場合,AとBとの意思は合致しているので,売買契約は有効」とする本肢は誤りです。

が売り渡しの申込みをにしたのがの真意ではないこと」を,が知らなかったことに過失がない場合〔善意無過失の場合〕は,

 ・相手方の信頼を保護する必要があること。

 ・表意者はわざと真意ではない表示をしているので,そのような者を保護
  する理由はなく,表意者が不利益をこうむってもやむをえないこと。

 この二つの理由から,この意思表示の効力は妨げられないこと〔つまり意思表示は有効〕になっています。(民法第93条本文)

〔整理〕心裡留保では,相手方の善意無過失,善意有過失,悪意によって,
      有効と無効が分かれる

           ┌無過失・・・有効
       ┌善意┤
 相手方が┤   └有過失・・・無効
       |           
       └悪意・・・・・・・無効

身分行為は本人の意思が尊重され,身分行為には心裡留保の規定は適用されません。(最高裁・昭和23.12.23)

 ⇒ 婚姻や養子縁組をする意思がないときは無効。(民法742条,802条)

●参考問題
1.「が真意では買い受けるつもりがないのに,から土地を買い受ける契約をした場合において,が注意すればの真意を知ることができたときは,売買契約は無効である。」(司法書士・平成3年・問8・ア)

【正解:

 (買主) ―→ (売主)
 (≠真意)     は「の真意ではないこと」を知っていた。

2.「が,強制執行を逃れるために,実際には売り渡す意思はないのにと通謀して売買契約の締結をしたかのように装った場合,売買契約は無効である。」

【正解:平成2年・問4・肢4,平成7年・問4・肢3,平成12年・問4・肢1,〔類推適用〕平成3年・問4・肢3

◆通謀虚偽表示〔仮装譲渡ともいう。〕

第94条(虚偽表示) 1 相手方と通じてした虚偽の意思表示は,無効とする。

2 前項の規定による意思表示の無効は,善意の第三者に対抗することができない。

 (売主) ―― (買主)

  で通謀して売買契約があったように装う。
  (税金や強制執行を逃れるために,この仮装譲渡が用いられることがある。)

 このような場合は,当事者のどちらにも,表示どおりの効果を生じさせる意思はありません。単にに売却した形にするために,売買契約の締結を装っているだけです。

 したがって,少なくとも当事者間ではこの売買契約を有効とする理由はなく,民法でも,無効としています。(民法第94条1項)

当事者間ではこの意思表示は無効なので,に所有権移転登記されていても登記を元に戻してくれと,は,に対して主張できます。

心裡留保では相手方との通謀はないが,表意者本人が虚偽表示していることに着目して,心裡留保のことを「単独虚偽表示」ということがあります。

『意思と表示の不一致』があるときの考え方

 何らかの理由で,意思と表示に不一致があった場合の考え方としては,民法では,次の三つに大別しています。

・表意者本人が意思と表示の不一致に気がついていない → 錯誤 ⇒ 無効
 ※錯誤では,相手方の善意・悪意に関係なく,その意思表示は無効になる。

・表意者本人が意思と表示の不一致を自覚しているが,
 相手方と共謀しているわけではない。→ 心裡留保 

                    相手方が善意無過失 ⇒ 有効
                    相手方が悪意or善意有過失 ⇒ 無効

・表意者本人が意思と表示の不一致を自覚しているし,
 相手方とも共謀している。→ 通謀虚偽表示 ⇒ 無効

身分行為は本人の意思が尊重され,身分行為には通謀虚偽表示の規定は適用されません。(大審院・明治44.6.6)

 ⇒ 婚姻や養子縁組をする意思がないときは無効。(民法742条,802条)

3.「が,の詐欺によってとの間で売買契約を締結した場合,の詐欺をが知っているか否かにかかわらず,は売買契約を取り消すことはできない。」

【正解:×平成10年・問7・肢1,平成14年・問1・肢1〔関連〕平成4年・問8・肢4〔代理〕平成4年・問2・肢2〜4

◆第三者の詐欺

第96条(詐欺又は強迫) 1 詐欺又は強迫による意思表示は,取り消すことができる。

2 相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては,
  相手方がその事実を知っていたときに限り,その意思表示を取り消すことができる。

3 前二項の規定による詐欺による意思表示の取消しは,善意の第三者に対抗する
  ことができない。

 (第三者)
 |詐欺
 ↓
 (売主) ―― (買主)

 肢3,肢4は,当事者以外の第三者が詐欺や強迫をしてなされた意思表示の効力−「取り消すことができるか」を扱っています。対比して覚えておくべきでしょう。

 当事者以外の第三者が詐欺をしたことによってなされた意思表示は,相手方がその事実を知っていた場合に限り,取り消すことができます。(民法第96条2項)

 当事者以外の第三者による詐欺によってなされた意思表示を,表意者がどんな場合でも取り消しできるとすると,何も知らないでその意思表示を有効と信じた相手方が保護されないことになってしまいます。民法では,相手方が善意のときは取り消すことはできないとしました。

 したがって,「相手方の善意悪意に関係なく取り消すことはできない」とする本肢は誤りです。

第三者の詐欺

       ┌善意・・・・・・・表意者は取り消すことができない。
 相手方が┤           
       └悪意・・・・・・・表意者は取り消すことができる。

4.「が,の強迫によってとの間で売買契約を締結した場合,の強迫をが知らなければ,は売買契約を取り消すことができない。」

【正解:×初出題

◆第三者の強迫による意思表示

 (第三者)
 |強迫
 ↓
 (売主) ―― (買主)

 第三者の詐欺による意思表示と異なって,第三者の強迫による意思表示の場合では,相手方がその事実について善意・悪意には関係なく,表意者は取り消すことができます。(民法第96条2項の反対解釈)

 詐欺の場合は,意思決定自体は任意で行われており,意思決定の自由が侵害されていたわけではありません。それに対して,強迫では畏怖によって意思決定の自由が侵害されていますから,表意者には帰責性はなく,保護する必要があるからです。

 したがって,「の強迫をが知らなければ,は売買契約を取り消すことができない。」とする本肢は誤りです。

●参考問題
1.「他人の強迫により締結した契約は取り消すことができるが,善意の第三者には取消をもって対抗することはできない。」(宅建・昭和58年・問6・肢2)

【正解:×

取消前の第三者

 上の肢4を見ると,他人=第三者と思ってしまうかもしれませんが,ここでの他人は契約の相手方のことを指します。

 詐欺によって締結した契約は善意の第三者に対して取消をもって対抗することはできませんが(民法96条3項),強迫によって締結した契約は善意の第三者に対しても取消をもって対抗することができます。(大審院・昭和4.2.20等)


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