Brush Up! 権利の変動篇

抵当権の過去問アーカイブス 平成15年・問5

物上代位権の行使


は,所有の建物に抵当権を設定し,その旨の登記をした。は,その抵当権設定登記後に,この建物をに賃貸した。は,この契約時に,賃料の6ヵ月分相当額の300万円の敷金を預託した。この場合,民法の規定及び判例によれば,次の記述のうち正しいものはどれか。(平成15年・問5)

1.「が,に対する将来にわたる賃料債権を第三者に譲渡し,対抗要件を備えた後は,が当該第三者に弁済する前であっても,は,物上代位権を行使して当該賃料債権を差し押さえることはできない。」

2.「の一般債権者であるが,に対する賃料債権を差し押さえ,その命令がに送達された後は,が弁済する前であっても,は,物上代位権を行使して当該賃料債権を差し押さえることはできない。」

3.「が物上代位権を行使して,に対する賃料債権を差し押さえた後は,は,の抵当権設定登記前からに対して有している弁済期の到来している貸付金債権と当該賃料債権とを相殺することはできない。」

4.「が物上代位権を行使して,に対する賃料債権を差し押さえた後,賃貸借契約が終了し建物を明け渡した場合,は,当該賃料債権について敷金が充当される限度において物上代位権を行使することはできない。」

【正解】

× × ×

●法改正との関連
 民法の改正で,抵当権設定後の賃貸借は,原則として,その期間の長短に関係なく抵当権者に対抗できず,抵当権の実行によって賃借権は消滅することになり,この原則に対する例外として『抵当権者の同意の登記による対抗力の付与』,『建物明渡し猶予』の2つが創設されました。このことと本問題とは次元の異なるものです。

 改正されたのは,「抵当権設定後の賃貸借の抵当権者・競落人に対する対抗力」に関するものであり〔抵当権実行後に賃貸借の存続を主張できるかということ〕,本問題設定での「物上代位」に関する手続等は法改正の前後を問わず概ね変わらないと考えられます。〔抵当不動産収益執行との競合等に関して民事執行法で改正がありましたが本問題には関係がありません。〕したがって法改正により問題を改める必要はないと判断し問題文の変更はしていません。

●差押えの基本事項
 債権の差押えがなされると,差し押さえられた債権の債務者はその債権の債権者
に弁済すること(支払いすること) が禁じられます。 (支払いの差し止め)

 A (に対する債権を差し押さえた)・・・差押債権者
 |
 B (差し押さえられた債権の債権者)
 |
 C (差し押さえられた債権の債務者)・・・第三債務者

差し押さえられた債権の債権者も,差し押さえられた債権について弁済受領や
債権譲渡などの債権の処分が制限されます
。(民事執行法)

差し押さえられた債権の債務者が差し押さえられた債権の債権者に弁済しても,
差押債権者には主張できません

~  差押えについては,各基本書とも掲載がないものが多いのですが,上記
    程度は知っておく必要があります。差押えに関連するものは,宅建試験
    においても出題歴がこれまで数多くあるからです。

▼物上代位の最近の出題例

 売却代金(H2-6-3),損害賠償金(H7-6-3),火災保険金債権(昭和55-7-4),建物の賃貸借の賃料(H11-4-1,H15-5)

1.「が,に対する将来にわたる賃料債権を第三者に譲渡し,対抗要件を備えた後は,が当該第三者に弁済する前であっても,は,物上代位権を行使して当該賃料債権を差し押さえることはできない。」

【正解:×

◆債権譲渡後に抵当権者はその債権を差し押さえることができる

  (抵当権者)
 |
  (抵当権設定者)      
 |(賃料債権)・・・・・・・・・・・・・・・第三者に債権譲渡
  (賃借人,第三債務者)

【基本】賃料への物上代位
 賃借人の賃料は,「法定果実」と呼ばれます。
 賃料(法定果実)については物上代位が認められ,判例により,抵当権者は抵当
権を実行する前でも,抵当権設定者のもつ賃料債権を抵当権に基づいて,差し押
さえることができる,とされています。(民法372条,304条,最高裁・平成1.10.27)

 〔KEY〕 抵当権者が物上代位権を行使するには,第三債務者が弁済する前に,差押をしなければならない。

  さて本肢では,『この抵当権設定者のもつ賃料債権が第三者に譲渡されたらどうなるか? 第三者に譲渡された賃料債権にも物上代位権を行使できるのか?』これがポイントです。

 結論から言えば,物上代位権を行使するには,払渡し又は引渡し前に差押えることが必要ですが,『債権譲渡は,払渡し又は引渡しに該当しない』とされているので,債権譲渡された後でも物上代位権を行使できます

【判例】
 判例では,物上代位権行使の対象となる債権が譲渡されその債権譲渡について第三者への対抗要件を備えた後であっても抵当権者は自らその債権を差し押さえて物上代位権を行使できる,としました。(最高裁・平成10.1.30)

    賃料債権の譲渡    物上代位

 ―――――――――――――――→ ⇒ 物上代位権を行使できる

 したがって本肢は×です。

●参考問題
1.「抵当権の目的物になっている家屋の家賃については,支払われる前に差し押さえれば,抵当権者は抵当権の目的物である家屋の賃借人に対して家賃の支払いを請求できる。」(司法試験択一・昭和42-38)

【正解:】物上代位には,払渡し前・引渡し前の差し押さえが必要。

2.「の一般債権者であるが,に対する賃料債権を差し押さえ,その命令がに送達された後は,が弁済する前であっても,は,物上代位権を行使して当該賃料債権を差し押さえることはできない。」

【正解:×

◆一般債権者の差押えと抵当権者の物上代位権行使のための差押えの競合

  (抵当権者)
 |
  (抵当権設定者) ← の一般債権者であるが賃料債権を差押え。     
 |(賃料債権)・・・・・・・・・・・・・・・の申立てによる差押え命令がに送達
 

【判例】
  一般債権者の差押えと抵当権者の差押えが競合した場合は,『一般債権者の
申立てによる差押え命令の第三債務者への送達
』と『抵当権設定登記』の先後で
その優劣は決定される
。(最高裁・平成10.3.26)

    差押命令の送達    抵当権設定登記   ⇒ 物上代位権を行使できない

 ―――――――――――――――→     

    抵当権設定登記    差押命令の送達   ⇒ 物上代位権を行使できる

 ―――――――――――――――→

 本肢では,一般債権者の申立てによる差押え命令の第三債務者への送達は
抵当権者の抵当権設定登記の後なので,は物上代位権を行使して当該賃料
債権を差し押さえることができます。

3.「が物上代位権を行使して,に対する賃料債権を差し押さえた後は,は,の抵当権設定登記前からに対して有している弁済期の到来している貸付金債権と当該賃料債権とを相殺することはできない。」

【正解:×

◆差押えの後の相殺

  (抵当権者)
 |
  (抵当権設定者)      
 |(賃料債権)
 ・・・・・・・・・・・・・・・Cは,抵当権設定登記前からBに有している
            弁済期の到来している貸付金債権と
            当該賃料債権とを相殺することができるか?

【判例】
 賃借人は,抵当権設定登記後に賃貸人に対して取得した債権を自働債権として
相殺することはできません
が,抵当権設定登記前に賃貸人に対して取得した債権
を自働債権として相殺することはできます
。(民法511条,最高裁・平成13.3.13)

⇒ 賃借人は,抵当権設定登記前に賃貸人に対して取得した債権を自働債権
  として相殺することができる。

 したがって本肢は×です。

           抵当権設定登記
  ―――――――――――――――――――――――
   賃貸人に対する                            ⇒ 相殺できる。
   債権を取得

           抵当権設定登記
  ―――――――――――――――――――――――
                           賃貸人に対する
                           債権を取得  
     ⇒ 相殺できない。

【基本】差押と相殺
  第三債務者が差押え又は仮差押えによって支払いの差し止めを受けた場合,
その後に取得した債権を自働債権として相殺しても,差押え債権者に対抗する
ことはできない。(民法511条)

 この反対解釈として, 第三債務者が債権の差押え前に取得されたものである
限り,受働債権の弁済期が到来して相殺適状に達すれば,差押えの後でも相殺
することができる。

4.「が物上代位権を行使して,に対する賃料債権を差し押さえた後,賃貸借契約が終了し建物を明け渡した場合,は,当該賃料債権について敷金が充当される限度において物上代位権を行使することはできない。」

【正解:

◆敷金返還請求権 / 賃料債権への物上代位権の行使

 ┌―   (抵当権者)
 |差押
     (抵当権設定者)      
 └→ |(賃料債権)
      

 『敷金が充当される限度において』という表現が難しいため,わかりやすく
説明します。

 賃貸借契約が終了して賃料債権〔未払い分の賃料〕が残っているが,敷金
で充当可能な場合に〔未払い分の賃料総額≦敷金の場合〕,未払い分の
賃料総額に対して物上代位権の行使ができるか
,というのがポイントです。

 結論としては『できません』。

 1) まず敷金と未払い賃料の関係についてみてみましょう。

【判例】敷金返還請求権

 賃借人の敷金返還請求権は,建物の明渡し時に,未払い分の賃料などを控除
して,なお残額がある場合に,その残額について返還するよう賃借人が賃貸人
に請求できるものです。(最高裁・昭和48.2.2など)

 つまり,明渡し時に残っていた賃料債権〔未払い分の賃料〕が敷金よりも少なければ,敷金から充当されるために,その賃料債権は当然に消滅します。

〔未払い分の賃料が敷金よりも多ければ,敷金で充当しきれなかった金額が賃借人の債務として残ります。この場合でも敷金で充当された賃料分の債権は当然に消滅します。〕

 2) このように,に対する「敷金で充当された賃料債権」は消滅しているため,抵当権者は,「敷金で充当された賃料債権」に対しては,物上代位権を行使することはできない,と判例は示しています。(最高裁・平成14.3.28)

  未払い分の賃料が敷金よりも多ければ,敷金で充当しきれなかった金額
   が賃借人の債務として残っているため,敷金で充当しきれなかった金額
   について,抵当権者は,物上代位権を行使することができます。

【判例】 

 賃料債権に対する物上代位権の行使として差押えがあった場合において,当該賃貸借契約が終了し,目的物が明渡されたときは,賃料債権は,敷金の充当によりその限度内で消滅し,敷金の充当により消滅した賃料債権については抵当権者は物上代位権を行使することはできない。(最高裁・平成14.3.28)

 したがって本肢はで,本問題の正解肢になります。

●不動産登記法の改正・敷金
 不動産登記法132条の改正により,敷金も登記できるようになりました。これにより,賃借権 (乙区) の記載事項は,賃借権者・設定日付等を除き,以下のようになります。

 必須事項借賃

 定めがあるとき=建物所有の目的(賃借地),存続期間,支払時期,敷金
            賃借権の移転・転貸の許可の特約,事業用定期借地権,
            高齢者居住安定確保法56条,賃貸借を為す者が処分の能力
            もしくは権限を有しないとき,


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