民法クローズ・アップ |
判例による意思表示の研究 |
意思の欠缺 / 錯誤・第1回・錯誤の根底事項と登記の絡む過去問の整理 |
意思表示の問題では、 0 契約のプロセスに、何か問題はないか 1 契約当事者間の効力はどうなっているか 2 第3者に対抗できるか をつかむことがポイントです。(意思表示の問題解決のカギ) |
今回は、錯誤について通説といわれているものを一挙掲載し、位置付けや用語
の意味で不明のものがないようにします。宅建の本試験では、用語の定義を聞い
てくる問題はありませんが、学習者は、錯誤の中でどんなものがあり、法律行為
の要素の錯誤のイメージがどんなものなのかつかめずに、苦しんでいる場合が
あります。
今回は、読み流す感覚で読んでください。へー、こうだったのかと思える程度
で充分です。
1錯誤の定義
「表意者が表示行為に対応する効果意思のないことを知らずにする意思表示」
ムズカシク定義されていますが、要は、効果意思(真意)→表示行為(表示)
となる意思表示が、何かのマチガイに基づいてなされるために効果意思と表示行為
が不一致になっていて表意者が知らないことを意味しています。(判例、通説)
これを言い直すと、「表示行為から推測される表意者の意思と真意が一致して
いない意思表示で、表意者本人がそのことに気づいていないこと」を意味します。
民法の条文そのものにも実は、錯誤の定義はありません。
2錯誤の種類
19世紀ドイツの法学界では、
(動機→)効果意思→表示行為
という図式で意思表示の構造を考えていました。(大村 p.47)
錯誤の種類では、この図式を用いて説明してみます。
a)動機の錯誤 法律行為をする動機に誤りがある場合。
例えば、新幹線が通るので地価が上昇するという風評を信じて(動機)←×
その土地を買おうと思い、(効果意思)
その土地を買いたいと言う場合。(表示行為)
しかし、新幹線が通るので地価が上昇するという風評は真実では
なかった。このように「動機に思い違い」がある場合です。
b)内容の錯誤 誤って真意ではない効果意思を形成し、表示行為をした場合。
効果意思→表示行為
× ○
例えば、車の購入で言えば、トヨタのアリストを買おうと思って
いながらも、隣にあったセルシオをアリストだと思い込み、
ディーラーの営業社員に
この車(=セルシオ)を買いたいと言った場合。
この場合、セルシオ=アリストという観念が働いて、セルシオを
買うと表示行為をしています。これは『思い違い』です。
c)表示の錯誤 効果意思と異なる誤った表示行為をした場合。
効果意思→表示行為
○ ×
例えば、車の購入で言えば、トヨタのアリストを買おうと思って
いながら、突発的にアリストという言葉の代わりにセルシオ
を買いたいと意思表示する場合。
この場合は、完全に『言いマチガイ』をしています。
a)の動機の錯誤は、原則として法律行為の効力を否定するものではない
とされます。
b)c)は、まとめて「表示行為の錯誤」とも呼ばれており、要素に錯誤があれ
ば、意思表示は無効とされています。(内田、p.67)
3法律行為の要素の錯誤
1)もし、その錯誤がなかったら、表意者はその意思表示
をしなかったであろうと考えられる(因果関係)
2)その錯誤がなかったら、意思表示をしないことが一般
の取引通念に照らして相当と認められるような重要な点(重要性)
この2つを要件とする要素の錯誤の場合のみ、日本の民法では錯誤無効を認めて
います。
○「要素」とは、当事者が法律行為(契約)の本質的部分としたもの
★このため、一般には動機とされるものでも契約内容にとり込まれたものは「要素」
になる。
「動機であっても表示されていれば要素に含まれる」(大審院・大正3.12.15)
○要素の錯誤にあたる典型例
ア) 人違い 相手方が誰であるかが、重要な取引の場合(消費貸借契約などで)
イ) 物の同一性の錯誤 取引の目的物を間違えた場合。
4錯誤無効の要件(95条)
1)法律行為の要素の錯誤であること
2)表意者に重過失がないこと
★表意者に不注意があっても、相手方が表意者の錯誤について悪意のときは、
相手方を保護する必要はないので、表意者は無効を主張できる。(判例、通説) |
5 誰が無効を主張できるか
表意者に重過失ナシ | 表意者に重過失がある | |
表意者 | 主張できる | 主張できない |
相手方
第3者 |
主張できない
(★第3者には、例外あり) |
主張できない(最高裁・昭和40.6.4) |
●錯誤無効は、「取り消し的無効」とも、言われています。
●表意者が無効を主張しないとき、または表意者が重過失のため無効の主張が
できないときは、相手方および第3者は原則として、無効を主張できない。
●第3者が錯誤無効を主張できることがある。
要素の錯誤があったことを表意者自ら認めていて、
かつ表意者に対する債権を保全する必要がある場合、
債権者代位権を主張する前提として無効を主張できる。
(最高裁・昭和45.3.26)←これは不動産ではなく、動産の取引事例でした。
☆表意者の側からのみ無効を主張できる(本人以外は主張できない)
というのは、錯誤のほかには、意思無能力者の無効主張があります。 「意思能力を欠く者の意思表示は無効である。」(大審院・明治38.5.11) 意思無能力者とは、意思能力があるとされる6才から7才の子供より年齢の低い者 、泥酔者、意思能力がないときに法律行為をなした制限能力者等を示し、 「行為の結果を弁識するだけの精神能力がない者」を意味します。 この場合の無効は、表意者保護のため、表意者(意思無能力者)以外は主張できな いとされています。(通説) |
6)表意者は誰に無効を主張できるか
表意者は、相手方にも、第3者にも無効を主張できます。
7)追認した場合
表意者が無効なことを知って追認したときは新たな行為をしたものと
みなされます。(民法119条)
これは、心裡留保や虚偽表示などでの無効にも適用されます。
8)錯誤無効の主張に消滅時効はあるか
無効の主張に、消滅時効の規定はありません。
これまでのものをまとめて、基本書では、 「表意者の重過失のない、法律行為の要素の錯誤は無効。」 「表意者の無効主張は、善意の第3者にも、対抗できる。」 としています。 |
●出題履歴(1)
錯誤の出題履歴をみてみましょう。→平成2年(4-3)、6年(2-2)、10年(7-4)
【出題例・1】平成2年 問題4 肢3 A所有の土地が、AからB、Bから善意無過失のCへと売り渡され、移転登記も なされている。民法の規定によれば、次の記述は正しいか。 Aが要素の錯誤により契約をした場合、Aは重大な過失がないときは、AB間の 契約の無効を主張し、Cに対して所有権を主張することができる。 |
【解説】平成10年、平成6年の出題では、「法律行為の要素の錯誤」とより厳密な
表現になっていました。
本問では登記が出てきますが、錯誤無効の場合、対抗要件とはなりません。
つまり、Cは登記があるからといって、Aの無効主張には対抗できない、ということです。 |
【正解 : ○】
Cに登記がある場合をまとめてみます。↓
【類似問題の整理―登記の絡む意思表示―】 A(錯誤)―――B―C(登記)善意無過失 AはCに無効を主張してCに対抗できる 重過失ナシ Cは登記があってもAに対抗できない。 A(強迫)―B―C(登記)善意 Aは契約を取り消して、Cに対抗できる。 Cは登記があってもAに対抗できない。 A(詐欺)―B―C(登記)善意 Aによる取消前にCが転得していたら、 Aによる取消前 Aは契約を取り消しても、Cに対抗できない。 この場合、Cは登記がなくてもよい。 A(詐欺)―B―C(登記)善意 Aによる取消後にCが転得しても、 Aによる取消後 Cは登記があれば、Aに対抗できる。 A(通謀虚偽表示)―B―C(登記)善意 Aは無効をBには主張できるが、 Cには対抗できない。 Cは、善意有過失でも無登記でもよい。 ※心裡留保の場合、Cに登記がある問題は見当たりませんでした。 A(心裡留保)―B――C 善意 Aは無効をBには主張できるが、 悪意 善意のCには対抗できない。 有過失 |
次号では、宅建の過去問を解きながら、
「宅建試験での錯誤のまとめ」をします。
参考文献・内田實「民法1」、大村敦志「基本民法1」、後藤巻則・山野目章夫
「民法総則」など