宅建過去問 権利の変動篇
不法行為の過去問アーカイブス 平成20年・問11
Aが故意又は過失によりBの権利を侵害し、これによってBに損害が生じた場合に関する次の記述のうち、民法の規定及び判例によれば、正しいものはどれか。(平成20年・問11) |
1 Aの加害行為によりBが即死した場合には、BにはAに対する慰謝料請求権が発生したと考える余地はないので、Bに相続人がいても、その相続人がBの慰謝料請求権を相続することはない。 |
2 Aの加害行為がBからの不法行為に対して自らの利益を防衛するためにやむを得ず行ったものであっても、Aは不法行為責任を負わなければならないが、Bからの損害賠償請求に対しては過失相殺をすることができる。 |
3 AがCに雇用されており、AがCの事業の執行につきBに加害行為を行った場合には、CがBに対する損害賠償責任を負うのであって、CはAに対して求償することもできない。 |
4 Aの加害行為が名誉毀損で、Bが法人であった場合、法人であるBには精神的損害は発生しないとしても、金銭評価が可能な無形の損害が発生した場合には、BはAに対して損害賠償請求をすることができる。 |
<コメント> |
厳密には,肢2,肢4は初出題ですが,常識的な判断でも対処できる問題でした。このため,正答率は,正解肢が初出題であるにもかかわらず,80%を超えています。 なお,肢4の判例は,現在では当然のことのように思われていますが,「民法710条の『財産以外の損害』とは精神的な損害だけにとどまらず,金銭評価が可能な無形の損害も含まれる」とし,「法人も名誉毀損に対する慰謝料請求ができる」としたものです。 |
●出題論点● |
(肢1) 〔判例〕不法行為による慰藉料請求権は,相続の対象となる。
(肢2) 他人の不法行為に対し正当防衛のためにやむを得ず加害行為をした者は,損害賠償の責任を負わない。 (肢3) 〔判例〕使用者は,使用者責任により損害賠償したときは,信義則上相当と認められる限度において,被用者に求償の請求をすることができる。 (肢4) 〔判例〕法人の名誉権が侵害され,無形の損害が生じた場合には,損害の金銭評価が可能であるかぎり,損害賠償請求をすることができる。 |
【正解】4
1 | 2 | 3 | 4 |
× | × | × | ○ |
正答率 | 80.2% |
1 Aの加害行為によりBが即死した場合には、BにはAに対する慰謝料請求権が発生したと考える余地はないので、Bに相続人がいても、その相続人がBの慰謝料請求権を相続することはない。 |
【正解:×】関連出題・平成13年・問10・肢1,平成19年・問5・肢2, 判例により,不法行為による損害賠償請求権,被害者の取得する慰謝料請求権は相続人に相続されます。本肢は誤りです。 1) 被害者が即死した場合も,受傷した瞬間に損害賠償請求権が発生し,相続人が承継する(民法709条,大審院・大正15.2.16)。 2) 不法行為による慰藉料請求権は損害の発生と同時に取得され,被害者が生前にその請求の意思を表明しなくても,被害者が死亡したときは,その相続人は当然に慰藉料請求権を相続する(最高裁・昭和42.11.1)。生命を害された被害者と一定の身分関係にある者は,被害者の取得する慰藉料請求権とは別に,固有の慰藉料請求権を取得するが,どちらの慰謝料請求権も併存しうる。 |
●判例−最高裁・昭和42年11月1日 |
ある者が他人の故意過失によつて財産以外の損害を被つた場合には、その者は、財産上の損害を被つた場合と同様、損害の発生と同時にその賠償を請求する権利すなわち慰藉料請求権を取得し、右請求権を放棄したものと解しうる特別の事情がないかぎり、これを行使することができ、その損害の賠償を請求する意思を表明するなど格別の行為をすることを必要とするものではない。 そして、当該被害者が死亡したときは、その相続人は当然に慰藉料請求権を相続するものと解するのが相当である。 ただし、損害賠償請求権発生の時点について、民法は、その損害が財産上のものであるか、財産以外のものであるかによつて、別異の取扱いをしていないし、慰藉料請求権が発生する場合における被害法益は当該被害者の一身に専属するものであるけれども、 これを侵害したことによつて生ずる慰藉料請求権そのものは、財産上の損害賠償請求権と同様、単純な金銭債権であり、相続の対象となりえないものと解すべき法的根拠はなく、民法711条によれば、生命を害された被害者と一定の身分関係にある者は、被害者の取得する慰藉料請求権とは別に、固有の慰藉料請求権を取得しうるが、この両者の請求権は被害法益を異にし、併存しうるものであり、かつ、被害者の相続人は、必ずしも、同条の規定により慰藉料請求権を取得しうるものとは限らないのであるから、同条があるからといつて、慰藉料請求権が相続の対象となりえないものと解すべきではないからである。 |
●死亡した被害者の近親者が有する慰謝料請求権 |
(近親者に対する損害の賠償) 第711条 他人の生命を侵害した者は、被害者の父母、配偶者及び子に対しては、その財産権が侵害されなかった場合においても、損害の賠償をしなければならない。⇒平成13年・問10・肢2出題 |
2 Aの加害行為がBからの不法行為に対して自らの利益を防衛するためにやむを得ず行ったものであっても、Aは不法行為責任を負わなければならないが、Bからの損害賠償請求に対しては過失相殺をすることができる。 |
【正解:×】初出題 前半が誤りなので,後半は正誤を判断する必要がありません。 他人の不法行為に対して,自己または第三者の権利や法律上保護されるべき利益を防衛するために,不法行為者や第三者に対してやむを得ず行った加害行為については損害賠償責任を負うことはありません(民法720条1項)。 |
●民法720条 |
(正当防衛及び緊急避難) 第720条 他人の不法行為に対し、自己又は第三者の権利又は法律上保護される利益を防衛するため、やむを得ず加害行為をした者は、損害賠償の責任を負わない。ただし、被害者から不法行為をした者に対する損害賠償の請求を妨げない。 2 前項の規定は、他人の物から生じた急迫の危難を避けるためその物を損傷した場合について準用する。 |
3 AがCに雇用されており、AがCの事業の執行につきBに加害行為を行った場合には、CがBに対する損害賠償責任を負うのであって、CはAに対して求償することもできない。 |
【正解:×】平成4年・問9・肢4,平成11年・問9・肢4,平成14年・問11・肢3,平成18年・問11・肢4, C (使用者) 使用者は,原則として,被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負います(民法715条1項,使用者責任)。 また,使用者がこの使用者責任により損害賠償したときは,使用者は,損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において,被用者に対して損害の賠償または求償の請求をすることができます(民法715条3項,最高裁・昭和51.7.8)。 したがって,「C(使用者)はA(被用者)に対して求償することができない」とする本肢は誤りです。 |
●民法715条 |
(使用者等の責任) 第715条 ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。 2 使用者に代わって事業を監督する者も、前項の責任を負う。 3 前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。 |
4 Aの加害行為が名誉毀損で、Bが法人であった場合、法人であるBには精神的損害は発生しないとしても、金銭評価が可能な無形の損害が発生した場合には、BはAに対して損害賠償請求をすることができる。 |
【正解:○】初出題
判例では,法人の名誉権が侵害され,無形の損害が生じた場合には,損害の金銭評価が可能であるかぎり,民法710条が適用され,損害賠償の請求をすることができるとしています(自然人だけでなく法人も710条により名誉毀損に対する慰謝料の請求をすることができるとされた)。 ⇒ 法人の名誉権が侵害された場合には,(法人には精神がないから精神上の苦痛は生じないとしても) 金銭評価の可能な無形の損害が発生する可能性があり,無形の損害が生じた場合には,その損害の金銭評価が可能であるかぎり,加害者に金銭をもって賠償させるのが社会観念上至当とすべきとしました(最高裁・昭和39.1.28)。 ▼上記の判例では,「法人の名誉が侵害された場合には民法723条により特別の手段が講じられているが,それは被害者救済の一応の手段であって,723条で規定されているものが損害填補のすべてではないとし,無形の損害に対する金銭賠償を否定することはできない」としています。(原審では,723条による謝罪広告は認めたが,法人には精神的苦痛はない(無形の損害が発生する余地がない)として710条による慰謝料の請求を退けた。最高裁は原審のこの判断を批判し,差し戻した。) |
●民法723条 |
(名誉毀損における原状回復) 第723条 他人の名誉を毀損した者に対しては、裁判所は、被害者の請求により、損害賠償に代えて、又は損害賠償とともに、名誉を回復するのに適当な処分を命ずることができる。 |